講演2.緑化材料の産地表示に関するシステム確立上の諸問題
 山田 和司 (財団法人日本緑化センター)


 私にいただいたタイトルは「緑化材料の産地表示に関するシステム確立上の諸問題」で、 この問題については今後勉強していかなければと思ってはいるが、まだ具体的に検討に着手していないので、 特に皆さんに提供すべき材料があるわけではない。
 湯本先生が学問的なお話をされて、私の後の国忠さんが具体的な苗木生産としてどういう取り組みが あるかお話をされると思う。私はその中間で、どういう形で産地表示をシステム化するかの話で お呼びいただいたと思うが、まだ具体的には話しするものがない。
 私の方の仕事は、緑化に係る調査研究がその主要なものである。その緑化は、大きくは山の森林緑化と 都市緑化に分かれる。この緑化に使用される植物等の緑化材料は、今日では都市緑化で使われる量が大変多く、 この植物等の品質・寸法・規格などをつくったり、それを具体的にチェックするためのシステムを 検討するのが私の仕事の一つでもある。
 少し前から緑化材料の地域性という問題が議論になってきたということは話に伺っているが、 なかなか具体論としてはあがってきていなかった。というのは、山林種苗に関してはスギ・ヒノキが 主体であり、ここでは優良品種が確立している。都市緑化においては、主に大規模造成してそこに 木を植えてきた。つまりあまり緑のないところを緑化してきたので、在来の植物が定着しない場所を、 外来の植物等で簡単に緑にしようという流れで進んできた。そういうところに使われている植物は できるだけ丈夫で、できるだけ管理の手間がかからず、しかも活着率の良いものになるので、 どちらかというと外来植物、特に海外で品種改良された木を植えてきた。 実際に街路・道路で使われている6〜7割は外来植物である。そういう流れで進んできたことがあるので、 地域性が大事だといえばそのとおりだが、なかなか一筋縄ではいかない。
 地域種の問題、地域の遺伝子集団の問題が改めてあがってきたのは自然再生法ができて、 ここではできるだけ地域の野生としての自然を復元しないといけないことになったからである。 この法律は一体どこまで自然再生するのかが規定されていないものであるが、自然再生に使われる植物を どうするのかということに及んで、環境省等もどうしようかと考えはじめたということである。 自然再生自体は、まだあまり進んでいる訳ではない。とくに樹木をたくさん植えるような自然再生は これまで数少なく、河川等の自然再生などでは、緑化材料は草本類、低木類になる。 草本類については、これまで生産業者が産業として成り立っていなかったので、供給源がない。 そこで、どこから持ってくるかというと近くの山に行って持ってくる。量が少なければよいが、 大量に持ってくるとなると、それ自体が自然破壊ということになる。そのためには自然再生に必要な 緑化材料が実際に供給できるかどうかの議論もしなければならない。このような調査研究がこの2〜3年で進んできている。 その中の一つとして、森林総研が取り組んでいる研究課題も挙げられる。
 ただ本当に自然再生に関して地域性種苗が必要かという議論は、まだ中途半端のままである。 私の実感では、やはり大事だよねという議論が少しでてきているように思う。特に自然再生の中で 単に地形や植物だけを再生するのではなく、他の生き物、特に植物に関しては昆虫類と一体で再生することが大事になる。 このように生物を含んだ生態系を復元するということになると、もともとそこの地域に住んでいる昆虫が、 同じ植物種であっても、よそから持ってきた植物の葉は食べないということが起こりつつある。 我々人間も同じように、関東の人間が関西に行ってうどんを食べると少し違うと感じる。そういうふうに動物には好き嫌い、 あるいは地域に育った特性がある。生態系として自然を再生すると考えた場合には、植物の地域性を 考えないといけない。
 外来種問題は、動物の話が主体である。海外から業者がペットとして輸入して販売するが、 飼い主がペットに対応できなくなって、近くの山や川に捨てるという問題が出てきている。 地域の自然に入って交雑をするということも、問題になっている。そういう動物の輸入をストップさせる ということから、外来種問題の解決は進んでいる。植物に関しては、そんなに簡単にはいかない。 緑化に関していえば、牧草地での外来種が生態系に被害を与えるだろうということで、それを使い続けるのが いいかどうかという疑問が出てきている。しかし、基本的に産業に結びついているので、ペットなどの 外来種とは違った問題点が多々あり、その辺をふまえたコントロールの仕方が議論になっている。
 さて、産地表示という課題がある。一般に産地表示とは、食品等で使われているトレーサビリティーを 示すものである。いつ、どこで、どのようにつくって育成されたものか、きちんとチェックできるようにすることである。 ここ1〜2年で急激に普及しており、食品等ではすでに当然具わっているモノということになっている。 生産者責任のひとつとして、商品として売っているのだから当たり前だという考えがあるが、 緑化樹木ではなかなか難しい部分もある。緑化で植物を大量に使うのは、海外では民間の方が多いが、 日本では民間を遙かにしのいで公共での緑化が多い。公共緑化樹木等の品質・寸法・規格基準は、 こういう樹木を生産して欲しいということでつくっている。この場合、寸法は高さなどでわかりやすいが、 品質はわかりにくい。樹木としての品質は何なのか。まず活着がよく生き生きとしているということだが、 それをどうやって判断するのかは難しい。一番大事なのは植物の根である。 土を割ってチェックするのかというと、なかなか実現不可能である。特に緑化の現場で働いている人は 土木屋さんが多いことから、そういった品質をチェックするのはさらに難しい。できるだけ定量的に だれでもが品質をチェックする方法を考えられないかが、常に出てくる課題である。 農林水産系で品質を考える場合、品質を保証するシステムをつくるのが一般的である。 果物などは農協で品質をチェックするシステムをつくって、ここで認定したものは十分な品質であると いうことになる。つまり品質を認定する機関を国として認定するということである。緑化材料の品質保証に ついて考えたこともあるが、なかなか難しい。
 緑化材料の産地表示でどういった観点があるかというと、まず苗木の生産地。どこで生産されたか。 植物は生き物だから、植栽する場所と同じ地域で育ったものが一番適している。九州で育った木は九州で 植えるのが一番適しているし、九州で育ったものを関東に持ってくると土壌も違うし、気候も違う。 しかし、植木も産業化すると、常緑であれば一番育ちやすいのは九州ということになり、そこで大量に育てる。 落葉樹では関東という具合に、それぞれ産地化してくる。地域性種苗と産地化の流れは、本来相反するものである。
 緑化材料の産地表示といった場合には、2つの視点がある。挿し木にするにしても実生にしても、 繁殖の原材料はどこで採ったのかということと、どこで育てたのかということ。本来は、植栽する地域と 同じところで採って同じところでつくった方が好ましい。しかし、そこまですると、それなりにコストも かかってきて、はたして単価を上乗せしても買ってくれるのかどうかが、植木生産業界の声として出てくる。
 すべての緑化で地域性種苗が本当に必要なのか。都市部に木を植えるという点では、現時点では それほど必要性はないであろう。そのほうが望ましいという理想論はあるとしても、はたして単価が高くても 買うべきかということになると非常に難しいと考える。地域性種苗を使うことになって具体的に何が どう変わるかという問いに対しては、少し答えに詰まるものがある。私見だが、先に申しあげたように、 自然再生をしなければならない、特に動物を含む生態系を自然再生をしなければいけないところに関しては、 地域性種苗の必要性の議論が成り立つ。そういうところでは多少高くても地域で採れた地域性種苗、 地域性植物を植えることの正当性が主張できるのではないか。私がいっているのは行政が行う場合の緑化の観点で、 皆さんの税金を使って苗を買うわけなので、こういう理由で高いものを使うという説明が必要である。 単価というのは、ニーズが多ければ安くなるものではある。ただ現状では、同じ種でも地域性種苗のほうが 高ければ、皆さん方に説明する場合には、はっきり明言できる理由で高いほうの苗木を使うという説得性が必要である。
 自然再生材料の特性については、どういうことを考える必要があるか。まず地域の自生種であること。 そのための原種、具体的には種子や挿し木の原木を確保する必要がある。それをどの範囲で確保するか。 非常に狭い地域でやると原種を確保するのが難しいし、かといって遺伝子集団が異なる地域にまで拡げるのもよくない。 そういう地域区分をどう設定するのかという問題が生じてくる。つぎに種子をどう確保するのかということが問題になる。 原木がその地域の原種だと思っていても、実は原種ではないということもある。それを明確にした上で 地域性種苗の採取源を確保していく必要がある。業者が自分たちでやる場合もあるだろうし、 植木協会でやることもあるだろうし、地域行政が確保することも考えられる。公共で苗を買う場合は 入札の規格で買うので、寸法・規格が必要になる。自然再生で使う場合は、苗木の中に遺伝的に多様性が あることが重要になる。そういう遺伝的多様性を考慮した規格をセットしないといけない。しかし、 そのような種子は一般的に十分な生産履歴がないので、ちゃんと発芽できるのか、どのような条件で 発芽するのかということも含めて、品質が不安定であり、値段も決めにくい可能性がある。そういうものが ちゃんと売れるのか売れないのか。公共で使われている苗木は一定の寸法でつくって、だいたいこれくらいの数は 常時使われるということで、植木生産者の方は、5年先、10年先を見て見込み生産をされている。 自然再生に使う材料も常に一定の量、一定の形で発注されるとよいが、なかなか見込み生産ができない可能性が高い。 その場合、受注生産ということが出てくる。自然再生で使うのには大木では難しいので、30cm、50cmの 苗木になるわけだが、受注生産を主体でいくならば余るほどつくらなくてもよい。一方で受注生産になると、 見積もりのやり方が問題になる。見込み生産にする方が単価は安定するが、そういうシステムが成り立つには、 公共事業が一貫した体制を整えることが必要になる。年間これだけの自然再生の事業がある、それに対して どれだけの苗木が使われるという需給情報を、発注者と受注者がお互いにどれだけ共有できるかが重要になろう。